一神教と多神教

一神教と多神教

日本人の多くが、宗教が嫌いだと言う理由の一つに「宗教戦争をするから」という理由があります。「神が一人であり、自分のところに降りた神が本物であれば、他のところに降りる神は本物ではない。」という理屈は理解できます。例えば、一神教で有名なユダヤ教では、ヤハウェを唯一神としています。しかし旧約聖書を読み解くと、エロヒムという神も出て来ます。またイスラム教も、アッラーの言葉をコーランという形で伝えて、唯一神として崇めています。ただ、アッラーが自分のことを言うときに、「我は」と言うだけでなく「我々は」と複数形で言っているところが何回か出てきます。...
知行合一

知行合一

知行合一(ちこうごういつ)とは、「知っている」ということは「行う」ということと一つなのだという意味です。例えば「孝」の思いを持てば、とうぜん親孝行が行われます。「忠」の思いを持てば、当然ながら君主のために、命も惜しまず戦うことになります。上記の様に、王陽明は考えていました。一方、朱子学では、「孝」は学問的に探究できる概念ですが、親孝行についてはフィールドワークをすれば、それが出来ているかどうかの実態が分かるので「両者を分けて考えることはできる。」と考えます。要するに、「学んで得た知識と行動は異なるものである」と考える訳です。しかし王陽...
地獄を無くせば良いのか

地獄を無くせば良いのか

肉体を持って生きている私たちは、病気はどうしても避けられません。その時に、重症になれば病院に行きます。病院で治療を受けて、やがては元の通りの健康体にもどります。魂も病に罹ります。色々な物質的な誘惑に翻弄されて、自分の良心を失うこともあるでしょう。周りの人達の、心と身体を傷つけてしまうこともあるでしょう。そうした魂が行くところが地獄という病院です。悪霊、悪魔は「病院が自分のすみか」だと、思い違いをしている人達のことを指します。「この病院は俺のものだ!俺が支配してやる!仲間を増やして勢力を拡大してやる!」そう思って頑張っている人達です。「...
バロンダンス

バロンダンス

インドネシアのバリ島では、バロンダンスという民族的な演劇が行われています。民族神である善神バロンと、悪魔の化身である悪神ランダが出てきます。そして「善神、真なる神であるバロンの力と、悪神すなわち悪魔であるランダの力とは対等で、決して決着がつかない。善神と悪神が永遠に戦い続ける。」という思想が描かれています。この考え方は、中東ではるか昔に説かれたゾロアスター教においても「光の天使オーラマツダと悪神の戦い」として描かれているテーマと同じ感じです。確かに人類史を見ると、常に善なるものと悪なるものが闘争し続け、決着がつかないようにみえてしまい...
朱子学

朱子学

儒学は中国において長く正統派の学問として扱われていたのですが、宋代になると12世紀ころに朱子という人が出てきて、朱子学が確立されました。朱子学は、儒教の一種の注釈訓詁学であり、学問的なものです。朱子は「あらゆるものの中に真理がある」という見方をしていて、それらを探究していこうとします。これは朱子学における「格物致知(物事の通りを究め、知識を得ること)」と言っても良いかも知れません。朱子を知らない人でも「少年老い易く、学成り難し」という言葉はご存じかと思います。この言葉は「偶成」という漢詩に出てきます。中国では官吏登用の国家試験として「...