執筆者 orior | 2026年03月10日 | 雑記帳
フロイトは心理学と宗教を明確に分けていた様ですが、ユングは「宗教的真理の中にも、科学的真理と同じものがある」と考えていた節が見受けられます。心理学は、絵を描かせたり、箱庭を作らせてみたりすることで、その人の心の中に潜む「悩みの原因」を推測して行くわけですが、「悩みの解決」と言うところでは、宗教は何千年も行ってきた実績もあります。その答えによって、救われたか救われなかったかは、宗教の方は統計学的には分からないかも知れませんが、救われる人が少なかったのならば、何百年も何千年も同じ宗教が続いては行かないことでしょう。心理学のような科学であっ...
執筆者 orior | 2026年03月04日 | 雑記帳
昔は近所に小さな川やドブ川みたいなものが結構ありました。私も田んぼが近所にあったりしたので、よくザリガニを捕まえて遊んでました。スルメや魚肉ソーセージで釣ったり、網ですくったりしました。そうして捕まえたザリガニをバケツに入れておくと、そんなに簡単にバケツから出でこれるはずのない高さなのに、ザリガニに逃げられてしまうことがあります。よく見ていると、ザリガニが他の仲間を足場にして、バケツをはいあがって出てきていました。その時自分は「なぜバケツの淵に上がった時に、他の仲間をハサミで助け上げてあげないんだろう。」と思った記憶があります。そもそ...
執筆者 orior | 2026年02月25日 | 雑記帳
「損して徳を取れ」という言葉の意味は、「損して得(利益)を取れば良い」とか「自分を犠牲にして他人に優しくしなさい」という意味ではありません。「値引きしてあげたら店の利益は減るけれど、あなたの為なら少し損してもOK」「自分の得にはならないけれど、約束はキチンと守る」「たとえ評価はされなくても、正しいことをやる」とかの意味であって、「その場は損しても、必ず自分に返ってくるから今は我慢しろ。」という意味ではないように思えます。つまり「自分の得を考えるというよりは、『徳を積む』方に重向きがある」ということです。「利益ではなく、人格の高さである...
執筆者 orior | 2026年02月23日 | 雑記帳
世の中には「引き寄せの法則」に関する書籍が出回っています。大抵はランダ・バーンの「ザ・シークレット」がネタモトであると思われますが、明らかに「悪魔のすり替え」の傾向が見られます。「成功者になるには、思いの力が必要」ということは真理なのですが、その「成功」の方に問題がある気がします。「成功者とは自分の欲を満たしたもの」というように、定義しているような感じがする書籍が、「引き寄せの法則」という言葉を使い、書店に並んでいるようです。「欲を満足する形の成功」が「本当の成功」ならば、世の中はきっと悪人だらけになってしまうでしょう。動物の世界と同...
執筆者 orior | 2026年02月19日 | 雑記帳
博学審問(はくがくしんもん)とは...
執筆者 orior | 2026年02月18日 | 雑記帳
オイディプス・コンプレックス(エディプス・コンプレックス)とは、男子が同性である父親を憎み、母親に対して思慕を抱く無意識の傾向のことを指します。ギリシャ神話のオイディプス(エディプス)に、ちなんだ精神分析用語で、フロイトがよく使っていました。オイディプスが生まれる時に、「その息子は父を殺し、母を娶るだろう」みたいな予言を受けたために「殺せ」ということになったのだけれど、「かわいそうだ」ということで、殺さずに他国に連れて行き、そこで成長して力も強い王子様になるところから始まります。そして、ある時に実の父王が遠征か何かで来た時に、襲いかか...